1. CIDP・MMNとは(脱髄性疾患の総論)
私たちの神経を「電気コード」に例えると、その銅線を覆っている絶縁カバー(髄鞘:ずいしょう)が、自分の免疫システムによって誤って攻撃され、広範囲に剥がれ落ちてしまう自己免疫疾患です。
これを「脱髄(だつずい)」と呼びます。電気が漏電して信号が伝わらなくなり、手足の力が抜けたり、感覚が麻痺したりします。
CIDP(慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー)
Chronic Inflammatory Demyelinating Polyneuropathy
「慢性」に経過し、左右対称に、運動障害(脱力)と感覚障害(しびれ)の両方が現れるのが特徴。
再発と寛解を繰り返すタイプと、進行し続けるタイプがあります。
MMN(多巣性運動ニューロパチー)
Multifocal Motor Neuropathy
左右非対称に、「運動神経だけ」が障害されるのが特徴。
感覚神経は保たれるため、しびれはありません。ALS(筋萎縮性側索硬化症)と症状が酷似しており、誤診されやすい疾患です。
疫学:数字で見るCIDP / MMN
希少疾患ですが、診断技術の向上により報告数は年々増加しています。
- 有病率(CIDP): 日本では人口10万人あたり約1.61人(推定患者数 約4,000〜5,000人)。
- 有病率(MMN): 人口10万人あたり約0.29人(推定患者数 約400〜600人)。CIDPよりさらに稀です。
- 好発年齢: いずれも40代〜60代の中高年にピークがありますが、小児から80代まで全年齢で発症します。
- 男女差: 男性に多い傾向があります(CIDPは男性が女性の約2倍、MMNは約2.6倍)。
2. 病態メカニズム:なぜ「麻痺」するのか
本来、ウイルスなどの外敵を攻撃するはずの免疫細胞(マクロファージやT細胞)や抗体が、自分の神経(特に髄鞘)を攻撃して破壊することで発症します。
① 髄鞘破壊と「伝導ブロック」
神経軸索を包む「髄鞘(ミエリン)」は、電気信号をジャンプさせて高速で伝える役割(跳躍伝導)を担っています。
これが炎症で剥がれ落ちると、電気が漏電し、信号が途中で止まってしまいます。これを「伝導ブロック(Conduction Block)」と呼び、この病気の最大の特徴です。
結果: 脳は命令しているのに、筋肉に信号が届かず、力が入らなくなります。
② 二次性の「軸索変性」
髄鞘は再生可能な組織なので、初期なら治療で治ります(可逆的)。
しかし、炎症が長期間続くと、中身の電線である「軸索(Axon)」そのものが栄養不足でダメージを受け、断線してしまいます。
重要: 軸索が死滅すると、筋肉が痩せ細り(筋萎縮)、回復が極めて困難になります。だからこそ「早期治療」が重要なのです。
🧬 MMNの原因?「抗ガングリオシド抗体」
MMN患者の約30〜80%で、血液中に「抗GM1抗体」などの自己抗体が検出されます。
この抗体は、運動神経のつなぎ目(ランビエ絞輪)に多く存在する「ガングリオシド」という成分をピンポイントで攻撃します。
これが、MMNで「運動神経だけ」がやられ、「感覚神経」が無事である理由の一つと考えられています。
3. 症状の全貌:典型例とバリエーション
CIDPとMMNは、どちらも末梢神経の脱髄(絶縁体の剥離)によって起こりますが、その臨床像は対照的です。
単に「力が入らない」だけでなく、その「分布」と「感覚の有無」を精査することが、誤診を防ぐ最大のポイントです。
CIDPの典型症状
手足の両側に、運動と感覚の両方の障害が現れる「多発ニューロパチー」の形態をとります。
- 対称性の脱力: 両側の肩、腰(近位部)から指先(遠位部)まで広く力が入りにくくなります。
- 手袋靴下型(Glove and Stocking)の感覚障害: 手足の先がジンジンする、感覚が鈍いといった症状を伴います。
- 歩行障害: 膝に力が入らない(膝折れ)や、バランスの悪化が目立ちます。
- 深部腱反射: 全身で消失または著しく低下します。
MMNの典型症状
個々の運動神経がバラバラに、非対称にやられる「多巣性」の形態をとります。
- 非対称な運動麻痺: 「右の手首だけ」「左の足首だけ」といった、左右バラバラな脱力が特徴です。
- 感覚は正常: しびれや痛みは原則としてありません。
- 筋萎縮(痩せ): ALSほど急速ではありませんが、麻痺した部位の筋肉が痩せていきます。
- 線維束性収縮: 筋肉がピクピクと動くことがあり、これがALSとの混同を招きます。
4. 科学的エビデンスに基づく診断検査
診断には、神経が電気を伝える速さを測る「神経伝導検査」がゴールドスタンダード(標準的検査)です。
① 神経伝導検査(NCS)の見所
脱髄(絶縁体の剥離)を証明するために、以下の所見を詳細に分析します。
- 伝導速度の遅延: 信号が伝わるスピードが極端に遅くなります。
- 伝導ブロック(CB): 肘から先など、特定の区間で電気信号が「漏電」して激減する現象(MMN診断の必須条件)。
- 時間的分散: 信号の波形がバラバラに崩れる現象。
② 髄液検査
「蛋白細胞解離」を確認します。CIDPの約80%で陽性となり、神経の炎症を強く示唆します。
③ 神経エコー・MRI
肥大した坐骨神経や腕神経叢(神経が太くなる現象)を可視化します。
⚠️ 5. ALSとの決定的な鑑別ポイント
MMNは「治療可能なALS(ALS-mimic)」と誤解されることがありますが、その本質は全く異なります。
ALSは「神経細胞の死」ですが、MMN/CIDPは「カバーの剥離」です。
| 項目 | MMN / CIDP | ALS |
|---|---|---|
| 主な病変 | 末梢神経の髄鞘(カバー) | 運動神経の細胞体 |
| 感覚障害 | CIDPは有り / MMNは無し | 原則として無し |
| 伝導ブロック | 有り(診断の決め手) | 無し |
| 呼吸・嚥下 | 極めて稀(末期のみ) | 早期から出現 |
| 治療の希望 | 免疫治療で改善・維持が可能 | 進行抑制がメイン |
※誤診のリスク: 球麻痺(話しにくい、飲み込みにくい)が先行する場合はALSの可能性が高く、手足の特定の指の力だけが落ちる(指垂れなど)場合はMMNの可能性があります。
不安がある場合は、神経伝導検査に長けた神経内科専門医の診察を受けることが推奨されます。
6. 治療戦略:免疫を制御し、神経を守る
CIDPとMMNはどちらも「自己免疫疾患」ですが、治療への反応性が異なります。
特に「ステロイド」の使用可否は両者で正反対となるため、正確な診断と治療選択が生命線となります。
CIDPの標準治療(3本柱)
献血から作られた抗体製剤を点滴し、攻撃している自己抗体を中和します。即効性が高く、第一選択となります。
強力な抗炎症作用で免疫を抑制します。飲み薬(経口)と点滴(パルス)があります。
血液を一度体外に出し、悪い抗体や炎症物質をろ過して戻す治療です。
7. ステロイドパルス療法:短期集中治療
CIDPの急性期や再発時において、症状を食い止めるために行われる強力な治療です。
通常の飲み薬の約10〜20倍の量を短期間で投与し、炎症を一気に鎮火させます。
具体的なプロトコル
- 投与量: 1日 500mg 〜 1,000mg(通常の内服薬換算で約100〜200錠分に相当)
- 期間: 3日間連続で点滴投与を1クールとします。
- 頻度: 症状に応じて、1週間おきに2〜3クール繰り返すことがあります。
- その後: パルス終了後は、経口ステロイド(プレドニン)に変更し、数ヶ月かけて徐々に減らしていきます。
副作用への対策:
高用量のステロイドを使用するため、以下の副作用に厳重な注意が必要です。
・不眠・興奮: 夜眠れなくなるため、睡眠導入剤を併用します。
・高血糖・胃潰瘍: 胃薬やインスリンで管理します。
・感染症リスク: 免疫力が極端に落ちるため、感染対策を徹底します。
⚠️ 8. MMN治療の落とし穴:ステロイドは無効
ここがCIDPとMMNの決定的な違いです。
MMN(多巣性運動ニューロパチー)に対してステロイドを使用することは、推奨されません。
- 効果がない: 大規模な臨床試験において、MMNに対するステロイドの有効性は確認されていません。
- 悪化のリスク: むしろ、ステロイド投与によって「症状が悪化した」という報告が約20%に見られます。筋肉の萎縮を助長してしまう可能性があります。
- 推奨治療: MMNの第一選択薬は「免疫グロブリン療法(IVIg)」一択です。これで効果不十分な場合でも、ステロイドではなくシクロホスファミド等の免疫抑制剤が検討されます。
「似ているからとりあえずステロイド」は、MMNにおいては危険な選択肢となり得ます。
専門医による正確な鑑別診断が必要です。
