いつものコーヒーの香りが弱い。料理が焦げても気づかなかった。そんな変化から、パーキンソン病が心配になる方もいると思います。
嗅覚低下は、パーキンソン病の運動症状より前に現れることがあります。ただし、鼻や副鼻腔の病気、感染後の変化、加齢などでも起こります。においの変化を受診のきっかけにすることは大切ですが、それだけで病名や将来の発症を判断することはできません。
ここでは、パーキンソン病との関係、他に考えられる原因、受診先と検査、生活で気をつけたいことを説明します。
パーキンソン病と嗅覚低下
パーキンソン病では、手足の震えや動作の遅さのほかに、便秘、睡眠の変化、嗅覚低下などの「非運動症状」がみられます。嗅覚低下は診断の数年前から現れることもあり、本人より家族が先に気づく場合もあります。[1]
においは、鼻の奥にある感覚細胞で受け取られ、その情報が脳に伝わることで感じられます。「においがあると気づくこと」と「何のにおいかを言い当てること」には、感覚だけでなく記憶などの働きも関わります。パーキンソン病の嗅覚低下では、こうした脳内の情報処理の変化も研究されています。[2][3]
新たにパーキンソン病と診断された125人を調べた2017年の研究では、嗅覚同定検査の基準により73%に嗅覚低下が認められました。これは「パーキンソン病と診断された人の中での割合」です。「嗅覚が低下した人の73%がパーキンソン病になる」という意味ではありません。[4]
病気の全体像や運動症状については、パーキンソン病・パーキンソン症候群の基礎知識をご覧ください。
嗅覚低下から発症を予測できるか
嗅覚低下は、パーキンソン病の早期発見研究で重視されている手がかりです。一方、同じ症状がさまざまな原因で起こるため、嗅覚低下の有無だけから個人の発症確率や「何年後に発症するか」を示すことはできません。
臨床診断では、動作の遅さに安静時の震えや筋肉のこわばりが伴うかなどを診察し、他の病気で説明できないかも確認します。嗅覚低下は診断を支持する所見の一つですが、単独で診断を成立させるものではありません。[5]
自覚と検査結果が一致しないこともある
2025年のPREDICT-PD研究では、パーキンソン病と診断されていない60歳超の1,472人を対象に、5種類のにおいを用いた検査などが行われました。嗅覚の自己評価と検査成績の一致は十分ではなく、検査結果から算出したリスク指標は、睡眠中の異常行動の質問票や指の運動課題と関連していました。[1]
この報告は、客観的な嗅覚検査を他の評価と組み合わせる意義を示しています。ただし、その結果を家庭での自己診断や、嗅覚低下がある人全員の発症率に置き換えることはできません。
嗅覚の低下に気づいたら、鼻の病気や感染後の変化などを確認し、ほかに気になる症状があれば一緒に伝えてください。原因がはっきりしない場合も、再診の時期や、どのような変化があれば相談するかを医師と決めておけます。
他に考えられる原因
受診では、いつ気づいたか、感染やけがのあとか、鼻づまりがあるかを確認します。以下の特徴は原因を考える手がかりであり、当てはまる項目だけで病名を決めるための表ではありません。鼻の病気と神経の病気が重なる場合もあります。[2][6]
| 原因 | 気づくきっかけ・伴いやすい変化 | 受診で伝えたいこと |
|---|---|---|
| 鼻副鼻腔炎・鼻ポリープ | 鼻づまり、鼻水、のどへ鼻水が落ちる感じ。においが分かりにくい状態が続く。 | 鼻症状の期間、過去の診断、治療で変化したか。 |
| アレルギー性鼻炎 | くしゃみ、鼻水、鼻づまり。季節や生活環境により変わることがある。 | 花粉やほこりとの関係、使用中の薬。 |
| 感染後の嗅覚障害 | 風邪やCOVID-19のあとから気づく。鼻づまりが治っても続くことや、においが違って感じられることがある。 | 感染した時期、嗅覚が変わった時期、その後の回復や変化。 |
| 加齢 | 徐々に感じにくくなる。本人が気づいていない場合もある。 | 年齢だけで説明してよいか、他の原因がないか。 |
| 頭部外傷 | 転倒や事故で頭を打ったあとに始まる。 | 受傷日、頭痛など他の症状、当時の検査結果。 |
| 薬剤・喫煙・化学物質への曝露 | 薬の変更や生活・職場環境の変化が手がかりになる場合がある。 | 薬名と開始時期、喫煙歴、扱っている物質。薬は自己判断で中止しない。 |
| パーキンソン病などの神経疾患 | 運動、睡眠、認知機能などの変化を伴う場合がある。 | 動作の遅さ、震え、歩き方、睡眠中の様子など、実際に起きている変化。 |
急に気づいたから神経疾患、徐々に進んだからパーキンソン病、と分けることはできません。気づいた日と、実際に嗅覚が低下し始めた時期が違うこともあります。分からない場合は「いつからか不明」と伝えて構いません。
受診先の選び方
耳鼻咽喉科
においの変化が続く場合、耳鼻咽喉科で鼻の中や嗅覚を調べることができます。鼻づまり・鼻水がある方、感染後から戻らない方、においが別のもののように感じられる方は、その経過を伝えてください。鼻づまりが目立たなくても、耳鼻咽喉科で評価する意味はあります。[6]
脳神経内科
嗅覚の変化に加えて次のような状態が続く場合は、脳神経内科にも相談してください。耳鼻咽喉科での評価結果があれば、持参すると診療をつなぎやすくなります。
- 力を抜いているときに片手が震える。
- ボタンを留める、字を書くなどの動作が以前より遅くなった。
- 片側の腕の振りが減った、歩幅が小さくなった、足を引きずる。
- 声が小さくなった、字が小さくなったなどの変化が重なる。
- 眠っている間に叫ぶ、夢に合わせて手足を動かす、隣の人を叩くことがある。
便秘、立ちくらみ、頻尿、気分の落ち込みなども、ほかの変化と合わせて伝えられます。ただし、これらは一般にも多い症状です。症状の個数を数えて発症リスクを自己採点する必要はありません。
歩き方の変化は腕の振り・足の引きずりとパーキンソン病、診察の流れはパーキンソン病の検査と診断で説明しています。
夢に合わせたような動作は、レム睡眠行動障害を疑う手がかりになります。ただし、寝言だけで診断はできません。脳神経内科や睡眠外来で相談し、受診までの間も寝床の周りの硬い物や鋭い物を片づけ、本人と同室者のけがを防いでください。[7]
受診先に迷うときは、かかりつけ医に経過を伝え、紹介先を相談できます。頭を打ったあとに始まった場合は、外傷の診療を受けた医療機関にも伝えてください。
嗅覚検査
嗅覚検査では、どのくらい薄いにおいを感じられるか、何のにおいかを答えられるかなどを調べます。日本では基準嗅力検査などが用いられ、目的や施設によって検査方法が異なります。受診予約の際に、嗅覚の検査ができるかを確認してもよいでしょう。[6]
| 評価すること | 意味 |
|---|---|
| においを感じる濃さ | においの存在に気づくために、どの程度の濃さが必要かを調べる。 |
| においの認知・同定 | どのようなにおいか、何のにおいかを答える力を調べる。 |
| 治療前後や経過の比較 | 自覚だけでは分かりにくい変化を、検査条件をそろえて評価する。 |
結果は年齢や鼻の状態などを踏まえて解釈します。何のにおいかを答える検査には、そのにおいを知っているか、記憶や理解の状態なども関わります。検査の点数だけで、パーキンソン病と他の原因を完全に区別することはできません。[3][5]
家庭でコーヒーなどの香りを確認することは、変化に気づくきっかけにはなります。しかし、「このにおいが分かればパーキンソン病ではない」という判定には使えません。アルコールや洗剤の刺激は嗅覚以外でも感じるため、刺激を感じることと嗅覚が正常であることも同じではありません。危険な物質を使って試さないでください。[2]
嗅覚低下の治療
治療は原因によって異なります。鼻や副鼻腔の炎症がある場合はその治療を行い、感染後の嗅覚障害などでは嗅覚刺激療法を検討することがあります。回復の程度や必要な期間にも幅があるため、原因と検査結果に応じて相談します。[6]
嗅覚刺激療法は、決めたにおいを繰り返し嗅ぐ方法です。ただし、パーキンソン病に伴う嗅覚低下について、十分な効果や実施方法が確立しているわけではありません。また、嗅覚検査の点数が改善することと、パーキンソン病の発症を予防できることは別の問題です。[6]
抗パーキンソン病薬についても、運動症状と同じような嗅覚改善が得られるとは限りません。においを戻すために自己判断で薬を増やしたり、嗅覚低下だけを理由に薬やサプリメントを始めたりせず、処方医と相談してください。[6]
生活と食事の工夫
原因を調べている間も、においに頼らず確認できる方法を用意しておくと役立ちます。焦げやガス漏れへの気づきにくさ、食事量の変化は、嗅覚障害で注意したい生活上の問題です。[2]
- 火やガス:住宅用火災警報器や使用設備に合ったガス警報器を確認する。調理ではタイマーを使い、火元を離れるときは消火する。
- 食品:消費期限、開封日、保存方法を確認する。「変なにおいがしない」ことだけで安全と判断しない。
- 家族との共有:においに気づきにくいことを伝え、調理や食品の確認を手伝ってもらう。
「味が薄い」と感じるとき
食べ物のおいしさには、舌で感じる甘味・塩味などに加え、口から鼻へ抜ける香りが関わります。嗅覚が低下すると、この香りが弱まり「味がしない」と感じることがあります。甘味や塩味自体が分かりにくいのか、コーヒーや果物の風味が弱いのかを伝えると、診察の助けになります。[2]
塩や砂糖を増やす前に、彩り、食感、温度の違いで食べやすくできないか試してください。食欲が落ちた、体重が減った、食事が苦痛になった場合も相談の対象です。嗅覚の検査だけでなく、日々の食事に困っていることを伝えて構いません。
受診に持参するメモ
すべての項目を埋める必要はありません。分かる範囲で、以前との違いを書いてください。家族が先に気づいたことも、そのまま残せます。
- 気づいた時期:__年__月頃/いつからか不明
- 始まり方:急に/徐々に/感染後/けがの後/薬の変更後
- 変化:弱く感じる/ほとんど分からない/何のにおいか分からない/別のにおいに感じる/においの元がないのに感じる
- 具体例:コーヒー、料理、花、焦げなど、以前との違い____
- 鼻の症状:鼻づまり、鼻水、くしゃみ、のどに落ちる鼻水、季節差____
- 感染・けが:時期と、その後の経過____
- 薬・生活環境:薬名と変更時期、喫煙、仕事で扱う化学物質____
- 運動・睡眠の変化:震え、動作の遅さ、歩き方、寝ている間の動作____
- その他:便秘、立ちくらみ、頻尿、気分、物忘れなど、気になる変化____
- 食事と生活:味や風味、食欲、体重、火や食品管理の困りごと____
- 相談したいこと:原因/検査/治療/再診の目安/生活の工夫
短く伝えるなら、「__頃からにおいが弱く感じられます。鼻の症状は__で、感染やけがとの関係は__です。ほかに__が気になっています」とまとめられます。
用語の意味を解説
- 嗅覚低下・嗅覚脱失
- 嗅覚低下はにおいを感じる力が弱くなること、嗅覚脱失は失われた状態です。
- 異嗅症
- いつものにおいが別のにおいとして感じられるなど、感じ方が変わることです。
- 幻嗅
- 周囲ににおいの元がないのに、においを感じることです。
- 非運動症状
- 便秘、嗅覚低下、睡眠の変化など、体の動き以外に現れる症状です。
- 前駆期
- 典型的な運動症状で診断されるより前に、病気に関連する変化が現れ得る時期を指します。嗅覚低下があるだけで、本人がこの時期にいると決まるわけではありません。
- レム睡眠行動障害(RBD)
- 通常は抑えられているレム睡眠中の筋活動が十分に抑えられず、夢に関連した発声や動作が現れる睡眠障害です。
よくある質問
嗅覚が正常ならパーキンソン病ではありませんか?
嗅覚が保たれている方もいます。においが分かることだけで否定せず、動作の遅さや震えなどが気になる場合は、その症状を相談してください。[4][5]
嗅覚低下だけでも受診してよいですか?
受診して構いません。生活の困りごとでもあり、治療できる原因が見つかる場合もあります。鼻づまりの有無にかかわらず、耳鼻咽喉科やかかりつけ医で相談できます。
嗅覚低下と便秘があると、発症する可能性が高いですか?
この組み合わせだけで個人の確率は分かりません。どちらも他の原因で起こるため、年齢、経過、薬、運動や睡眠の症状なども含めて評価します。インターネット上のチェック項目だけで判断せず、いつから何が変わったかを伝えてください。
原因が分からなければ、すぐ脳の画像検査が必要ですか?
必要な検査は、鼻の所見、外傷歴、神経症状などによって異なります。嗅覚低下のある全員が同じ画像検査を受けるわけではありません。検査の目的と、結果によって何が変わるかを医師に確認してください。
すでにパーキンソン病と診断されています。嗅覚の悪化は進行を意味しますか?
嗅覚の変化だけから、運動機能の進行度や治療効果を判断することはできません。鼻炎や感染などが加わっていないかも確認します。日常動作の変化については、進行度と生活支援の考え方も参考にしてください。
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参考文献・資料
- Markovic-Obiago Z, et al. Idiopathic hyposmia as a marker of prodromal Parkinson’s disease – a cohort study. Sci Rep. 2025;15:39501. doi:10.1038/s41598-025-23293-4.
- National Institute on Deafness and Other Communication Disorders. Smell Disorders. 嗅覚の仕組み、原因、検査、生活への影響。
- Iannilli E, et al. Olfactory impairment in Parkinson’s disease is a consequence of central nervous system decline. J Neurol. 2017;264:1236–1246. doi:10.1007/s00415-017-8521-0.
- Eriksson Domellöf M, et al. Olfactory dysfunction and dementia in newly diagnosed patients with Parkinson’s disease. Parkinsonism Relat Disord. 2017;38:41–47. doi:10.1016/j.parkreldis.2017.02.017.
- Postuma RB, et al. MDS clinical diagnostic criteria for Parkinson’s disease. Mov Disord. 2015;30:1591–1601. doi:10.1002/mds.26424. MDSの診断に関する声明(2023年)も参照。
- 日本鼻科学会.嗅覚障害診療ガイドライン(第2版).日本鼻科学会会誌.2025;64:1–85. doi:10.7248/jjrhi.64.1.
- Howell M, et al. Management of REM sleep behavior disorder: an American Academy of Sleep Medicine clinical practice guideline. J Clin Sleep Med. 2023;19:759–768. doi:10.5664/jcsm.10424.
このページは、嗅覚の変化について医療機関で相談する際の参考資料です。個別の診断は、症状の経過、診察、必要な検査に基づいて行われます。

