多系統萎縮症(MSA-P / MSA-C):症状・進行・ケアの詳解

1. 多系統萎縮症(MSA)の定義と疫学

多系統萎縮症(Multiple System Atrophy: MSA)は、脳内の自律神経系、小脳系、錐体外路系(パーキンソン症状)の3つの系統が同時、あるいは連鎖的に変性・萎縮する進行性の神経変性疾患です。
かつて個別の疾患とされていた「シャイ・ドレーガー症候群(SDS)」「オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)」「線条体黒質変性症(SND)」を包括する概念であり、現在では共通の病理背景を持つ一つの疾患として定義されています。

日本国内の疫学と予後

  • 推定患者数: 日本国内で約12,000人〜15,000人(人口10万人あたり約12人)。
  • 発症年齢: 40歳以降(平均55歳前後)に発症し、高齢化に伴い診断数が増加しています。
  • 日本における特徴: 欧米ではパーキンソン型(MSA-P)が多いのに対し、日本では小脳型(MSA-C)が全体の約70〜80%を占めるという顕著な地域差があります。
  • 生命予後: 進行速度はパーキンソン病より速く、発症から平均5〜9年で車椅子生活、10年前後で臥床状態に至るケースが多いとされていますが、近年の呼吸管理や栄養管理の進歩により予後は延長傾向にあります。

出典:難病情報センター(指定難病17) / 日本神経学会 多系統萎縮症診断ガイドライン

2. 病態メカニズム:オリゴデンドログリアの反乱

MSAは、パーキンソン病やレビー小体型認知症と同じ「αシヌクレイン異常症(シヌクレイノパチー)」に分類されますが、決定的な違いはその「主戦場」にあります。

① グリア細胞質内封入体(GCI)

MSAの病理学的特徴は、神経細胞ではなく、それを支えるオリゴデンドログリア(グリア細胞)内にαシヌクレインが蓄積し、「GCI(Papp-Lantos小体)」を形成することです。
グリア細胞は神経の栄養供給や絶縁体(髄鞘)の維持を担っているため、ここが機能不全に陥ることで、結果として神経細胞が二次的に脱落・萎縮していきます。

② 多系統にわたる神経変性

このグリア細胞の異常は脳内の広範囲で起こります。

  • 線条体・黒質: 運動のブレーキとアクセルの制御不能 ⇒ パーキンソン症状
  • 小脳・脳橋: 動作の微調整と平衡感覚の消失 ⇒ 小脳失調
  • 脊髄中間外側核・迷走神経: 生命維持装置の狂い ⇒ 自律神経障害

出典:Brain (2015) 138 (8): 2293-2309. “The neuropathology of multiple system atrophy”

3. 臨床分類:MSA-P(パーキンソン型)とMSA-C(小脳型)

MSAは発症初期にどちらの症状が優位かによって分類されます。重要なのは、時間が経過すると両方の症状が混ざり合い、最終的には重度の自律神経障害を合併する点です。

項目 MSA-P (Striatonigral type) MSA-C (Cerebellar type)
主たる萎縮部位 線条体、黒質 小脳、脳橋(橋底部)
主症状 筋強剛、動作緩慢、姿勢反射障害(震えは少ない) 歩行時のふらつき、構音障害(呂律困難)、意図振戦
L-ドパへの反応 一時的に効くこともあるが、早期に減弱 ほぼ無効
MRI特徴 殻の萎縮、T2強調画像での外縁高信号 小脳・橋の萎縮、「ホットクロスバン・サイン」

出典:JNNP (2015). “Diagnostic criteria for multiple system atrophy”

4. 自律神経不全:生命維持装置の機能不全

MSAにおける自律神経障害は、パーキンソン病よりも早期に、かつ重症化しやすいのが特徴です。これは脳幹の「網様体」や脊髄の「中間外側核」といった自律神経の中枢が直接変性するためです。

① 重度の起立性低血圧(OH)

立ち上がった瞬間に収縮期血圧が30mmHg以上低下します。代償的な心拍数の増加が起こらない「固定心拍」を伴うことが多く、脳血流が急減します。
失神リスク: 意識消失による転倒、それに伴う骨折が進行を早める最大の要因となります。また、食後に血圧が下がる「食後低血圧」も顕著です。

② 膀胱直腸障害

初期から頻尿や尿失禁が現れますが、最も危険なのは「残尿の増加」です。尿意があるのに出し切れないため、膀胱炎や腎盂腎炎を引き起こし、敗血症(全身感染)のリスクとなります。
多くの場合、自己導尿やカテーテル管理が必要となります。

③ 無汗症と体温調節不全

汗をかけなくなるため、体温調節が困難になります。夏場の熱中症リスクが非常に高く、わずかな気温上昇で高熱(中枢性発熱)を出すことがあります。
また、手のひらが常に乾燥する一方で、皮膚が冷たくなる「Cold hands」という徴候も見られます。

出典:臨床神経学 49巻4号 “多系統萎縮症の自律神経障害”

5. 呼吸障害と睡眠時喘鳴(ストライダー)

MSA患者の死因の多くは呼吸器関連です。特に「夜間の喘鳴(いびきのような高い音)」は、声帯が閉じてしまう声帯外転麻痺のサインであり、極めて危険な予兆です。

⚠️ 「夜間の高い音(喘鳴)」は緊急事態

睡眠中に「ヒューヒュー」「ギュー」といった高い音が聞こえる場合、吸気時に声帯が十分に開かない「声帯外転麻痺」が疑われます。これが進行すると、睡眠中に窒息や突然死を招く恐れがあります。

【呼吸管理の選択肢】

  • CPAP(持続陽圧呼吸療法): 鼻マスクから空気を送り込み、閉じかかった気道を押し広げます。軽〜中等度の喘鳴に有効です。
  • 気管切開の検討: 声帯が完全に閉塞するリスクがある場合、喉に穴を開ける気管切開が必要になります。これは「声を失う可能性がある」という非常に重い決断を伴います。
  • 睡眠時無呼吸: 中枢性(脳の指令ミス)と閉塞性(喉の塞がり)の両方が混在し、脳に深刻な低酸素ダメージを与えます。

出典:European Journal of Neurology “Sleep-disordered breathing in multiple system atrophy”

突然死(Sudden Death)の予防

MSAでは夜間の突然死が報告されています。主な原因は「中枢性肺胞低換気(息をするのを忘れる)」や「致死的な声帯閉塞」です。

日常的な安全管理のポイント:

  • Head-up tilt(30度挙上): 寝る時に頭側を15〜30度高くすることで、夜間の多尿(血圧低下による尿量増加)を抑え、朝方の起立性低血圧を和らげます。
  • 弾性ストッキング: 下半身に血液が溜まるのを物理的に防ぎ、血圧を維持します。
  • 食事の工夫: 一度の食事量を減らし、回数を増やすことで、食後低血圧による意識消失を防ぎます。

6. 診断の鍵:画像診断と核医学検査

MSAの診断は、臨床症状(自律神経障害+運動障害)に加えて、MRIによる特徴的な「脳の萎縮パターン」を確認することで行われます。
特に初期段階ではパーキンソン病(PD)や脊髄小脳変性症(SCA)との区別が極めて難しく、確定までに時間を要するケースが多いのが実情です。

MRIにおける特徴的徴候

① ホットクロスバン・サイン(MSA-C)

脳橋(のうきょう)の横断面において、十字形の高信号(白く写る)が見られる現象です。イギリスのパン「ホットクロスバン」に似ていることから名付けられました。
医学的意味: 脳橋を横に走る線維(橋横走線維)が変性・消失することで生じます。MSA-Cにおいて非常に特異度が高い(このサインがあればMSAの可能性が極めて高い)所見です。

② 被殻(ひかく)の外縁高信号(MSA-P)

大脳基底核の一部である「被殻」が萎縮し、その外側の縁がスリット状に白く光って見える現象(Putaminal slit)です。
医学的意味: 鉄沈着を伴う変性が起きていることを示唆します。パーキンソン病では見られない、MSA-Pに特徴的な画像所見です。

7. 決定的な鑑別:MIBG心筋シンチグラフィ

パーキンソン病(PD)との鑑別に最も重要な検査です。心臓の交感神経の状態を可視化します。

パーキンソン病の場合:

心臓への集積が著しく低下します(心臓の交感神経が死んでいるため)。

多系統萎縮症(MSA)の場合:

心臓への集積が「正常」に保たれます。

なぜMSAは正常なのか:
MSAの自律神経障害は「脳(中枢)」の異常であり、心臓(末梢)の神経そのものは無事だからです。この違いを利用してPDとMSAを明確に区別します。

出典:日本神経学会 MSA診療ガイドライン2006/2017

8. 鑑別診断:間違いやすい疾患

  • パーキンソン病(PD): L-ドパがよく効き、進行が緩やか。MIBG心筋シンチで異常が出る。
  • 進行性核上性麻痺(PSP): 早期から転倒が多く、眼球が上下に動きにくくなるのが特徴。
  • 脊髄小脳変性症(SCA): 遺伝性のものが多く、MSAよりも緩やかに小脳症状が進行する。自律神経障害はMSAほど強くない。
  • 大脳皮質基底核変性症(CBD): 左右差が非常に強く、「他人の手」徴候などの高次機能障害を伴う。

💡 【考察】医学的知見と「患者のリアル」のギャップ(MSA編)

1. 「進行の速度」に対する感覚の乖離

医学的説明: 「数年かけて徐々に、なだらかに進行する」と説明されます。
患者の感覚: 実際には階段を降りるように、「ある日突然、昨日までできたことができなくなる」という急落を繰り返し、そのたびに精神的な適応が追いつかないという声が多く聞かれます。

2. 構音障害(呂律)と知能の誤解

医学的説明: 構音障害(話しにくさ)が症状の一つとして記載されます。
患者の苦悩: 呂律が回らなくなると、周囲(時には医療従事者さえ)から「理解力まで低下している」と誤解され、子供扱いされることへの強い屈辱感があります。頭の中は明晰であるにもかかわらず、コミュニケーションの窓口が閉ざされる孤独感は、教科書的な説明では抜け落ちがちな点です。

3. L-ドパに対する微かな希望

医学的説明: 「MSAにはL-ドパ(パーキンソン病の薬)はほぼ効かない」と断じられます。
患者の実感: 完全に無効ではなく、「10%〜20%程度、わずかに体が軽くなる」と感じる患者もいます。医師からは「プラセボ(思い込み)」と片付けられがちですが、その「わずかな20%」が、自力でトイレに行けるかどうかを分ける死活問題であるという切実さが、診察室では伝わりにくいギャップとなっています。

9. 治療の現状:対症療法と維持戦略

現在、多系統萎縮症(MSA)を根治させる薬剤は存在しません。治療の主目的は、現れている個々の症状を緩和し、ADL(日常生活動作)を可能な限り長く維持することに置かれます。

① 運動症状への介入

L-ドパ製剤: MSA-P型において検討されます。パーキンソン病ほどの劇的効果は見込めませんが、一部の固縮を和らげるために使用されます。
タルチレリン(セレジスト): 小脳型のふらつき(脊髄小脳変性症の症状)に対して、神経伝達を補う目的で処方されます。

② 自律神経障害への介入

ドロキシドパ(ドプス): 起立性低血圧による立ちくらみを防ぐために血圧を底上げします。
抗コリン薬等: 頻尿や尿失禁に対して膀胱の過敏を抑えます。ただし、副作用の口渇や認知機能への影響に注意が必要です。

出典:日本神経学会 多系統萎縮症診療ガイドライン

10. 日常のケア:進行を早めないための対策

● 嚥下障害(飲み込み)への対応

MSAでは、喉の筋肉の協調運動が乱れるため、早期から誤嚥性肺炎のリスクが高まります。食形態の工夫(とろみ付け)や、食事中の姿勢調整が不可欠です。進行した場合には、経口摂取を維持するための「胃ろう(PEG)」の検討も視野に入ります。

● 転倒・骨折の防止

ふらつきと急激な血圧低下が重なるため、転倒リスクは極めて高いです。一度の骨折による入院が、脳の廃用を招き、一気に進行を早めるケースが後を絶ちません。早期からの車椅子導入や、家屋改修を「負け」と捉えず、安全を優先することが重要です。

11. セルヒーリングのアプローチ:脳幹・小脳系への物理的介入

当研究所では、変性していく「神経そのもの」を治すことはできません。しかし、「神経を取り巻く細胞環境」を改善することで、残された神経回路の出力を最大化し、進行のカーブを緩やかにすることを目指しています。

MSAに対する3軸作用仮説

① 老廃物・蓄積タンパクの代謝促進

グリア細胞に蓄積したαシヌクレイン等の排泄を促すため、深部血流を物理刺激で極限まで高めます。脳内の「ゴミ出し」機能を物理的にサポートします。

② 脳幹・小脳エリアの抗炎症

MSAの主戦場である脳幹や小脳周囲の微細な炎症状態を鎮めます。これにより、薬の成分(L-ドパや血圧調整薬)が反応しやすい受容体環境を再構築します。

③ 残存機能の惹起(覚醒)

萎縮が進む中でも、まだ働ける状態で眠っている神経細胞を物理的なシグナルによって活性化させ、動作のスムーズさの回復を試みます。

💡 【考察】医学的知見と「患者のリアル」のギャップ(MSA・続編)

4. 「リハビリの目的」に関する不一致

医学的説明: 「リハビリは現状維持が目的であり、改善は難しい」と告げられます。
患者の思い: 「維持」という言葉は、患者にとっては「ただ待つ」ことと同じに聞こえます。実際には、「何か新しい挑戦をしたい」「少しでも昨日より良くなりたい」という能動的な意欲が生きる力になります。「改善」を完全に否定する医学的スタンスは、時に患者の精神的な生命線を断ち切ってしまうというギャップがあります。

5. 睡眠時喘鳴と「家族の恐怖」

医学的説明: 「夜間の喘鳴があればCPAPや気管切開を検討します」とシステム上の説明を受けます。
患者・家族の感覚: 隣で寝ている家族にとって、あの奇妙で苦しそうな喘鳴は、「今夜、このまま逝ってしまうのではないか」という毎晩繰り返される恐怖です。この心理的摩耗に対するケアが、臨床的なガイドラインでは十分にカバーされていないという切実な乖離があります。

「打つ手なし」という言葉を拒否する

多系統萎縮症は過酷な疾患ですが、決して「何もできない」わけではありません。
標準治療を土台とし、さらに神経が活動しやすい環境を物理的に整えることで、生活の質(QOL)は変えられる可能性があります。

当研究所は、医学的な「維持」の先にある可能性を、あなたと共に探求し続けます。


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