顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(FSHD):特徴・遺伝・管理法の詳解

顔面肩甲上腕型(FSHD)とは

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(Facioscapulohumeral Muscular Dystrophy:FSHD)は、一般的には「顔・肩・腕」の筋肉が中心に痩せると定義される遺伝性の筋疾患です。
しかし、この病名はあくまで「初期に目立つ症状」を表しているに過ぎません。進行すると骨盤帯(腰・尻)や下肢にも強い筋萎縮が現れ、歩行や呼吸に影響が出ることが、臨床現場では多くの患者さんに見受けられます。

出典:難病情報センター(指定難病114)

1. 名前の由来と進行の実態

教科書的な定義(初期〜中期)

病名の通り、上半身に症状が集中します。
Facio(顔):目が閉じにくい、口笛が吹けない
Scapulo(肩):腕が上がらない(翼状肩甲)
Humeral(上腕):力こぶが痩せる

臨床現場で見られる実態(進行期)

現場で多くの患者さんを診ていると、病名にはない「下半身の崩れ」が必ずと言っていいほど問題になります。
腹筋・背筋:体幹が支えられず、腰痛がひどくなる
骨盤・大腿:お尻と太ももが痩せ、立ち上がりが困難になる
下腿:足首が上がらなくなり(下垂足)、転倒が増える

2. 左右差から始まり、やがて両側へ

「最初は右だけだったのに…」

FSHDの最大の特徴は「左右非対称」ですが、これは「片方だけが悪いまま」という意味ではありません。
多くの場合、片側(利き腕など)から筋萎縮が始まり、時間をかけて最終的には反対側も同じように障害され、両側の機能が低下します。

  • 右肩が上がらなくなり、数年後に左肩も上がらなくなる。
  • 片足の下垂足(つま先が下がる)から始まり、やがて両足とも装具が必要になる。
3. 予後と車椅子への移行

医学書には「車椅子になるのは2割程度」と書かれていることが多いですが、長期的な視点では少し異なります。

好発年齢 10代〜20代が多いですが、幼児期発症の重症例も存在します。
歩行機能について 【統計と実感のギャップ】
統計上は車椅子率は約20%とされますが、実際には加齢と共に大腿部・臀部の筋力が低下し、杖や手すり、あるいは車椅子が必要になる方は統計以上に多いのが実情です。
4. 顔の症状:表情筋の低下

FSHDの患者さんは、顔の筋肉(表情筋)が弱くなることで、特有の表情の変化が見られます。

① 閉眼困難(兎眼:とがん)
目をギュッと閉じることが難しくなります。
眠っている間に薄目が開いてしまい(兎眼)、白目が乾燥して充血したり、洗顔のときに石鹸水が目に入りやすくなったりします。
② 横笑い(Transverse smile)
口角を引き上げる筋肉が弱くなるため、笑ったときに口角が上がらず、真横に引いたような笑い方になります。
口笛が吹けない、ストローが吸いにくいのも初期症状として典型的です。
5. 肩・腕の症状:翼状肩甲

肩甲骨を背中に固定する筋肉(前鋸筋など)が弱くなり、腕を上げようとすると肩甲骨が浮き上がる「翼状肩甲」が特徴的です。

生活への影響

腕の力そのものは保たれていても、土台となる肩甲骨がグラグラするため、高いところにある物を取ったり、洗髪や洗濯物を干す動作が困難になります。

6. 体幹・下半身の症状(重要)

「顔・肩・腕型」という病名ですが、進行すると必ずと言っていいほど下半身に症状が現れます。
歩行機能を維持するためには、ここの変化にいち早く気づくことが大切です。

① 腹筋の崩れ(反り腰・ビーバー徴候)

腹筋、特に下腹部の筋肉は初期から弱くなりやすいです。
お腹を突き出して歩く独特の姿勢(強い反り腰)になり、腰痛の原因となります。
また、頭を持ち上げるとおへそが上にズレる「ビーバー徴候」はFSHD特有のサインです。

② 臀部(お尻)と大腿(太もも)の萎縮

病気が進行すると、お尻の筋肉(大殿筋)と太ももの筋肉(ハムストリングスや大腿四頭筋)が痩せてきます。
これにより、「椅子から手を使わずに立ち上がれない」「階段の上り下りが辛い」といった症状が出現します。

③ 顕著な下垂足(Drop foot)

多くの患者さんに見られるのが、足首を持ち上げる筋肉(前脛骨筋)の低下です。
足先が垂れ下がってしまうため、平らな場所でもつまづきやすくなります。
最初は片足から始まりますが、徐々に両足に及び、多くの方が装具(オルトップ等)を使用することになります。

7. 原因:なぜ病気が起こるのか?

FSHDの原因は、4番染色体の末端にある「D4Z4」と呼ばれる領域の異常にあります。
筋強直性ジストロフィー(DM)が「リピート回数が増える」ことで発症するのに対し、FSHDは逆に「リピート回数が減る(短くなる)」ことで発症するのが大きな特徴です。

メカニズム:パンドラの箱が開く

通常、D4Z4領域は「リピート回数が多い(11回以上)」ことで、硬く折り畳まれて封印されています。
しかし、FSHDの患者さんはこのリピート回数が極端に少ない(1〜10回)ため、封印が解けて緩んでしまいます。

その結果、本来は筋肉で働くはずのない「DUX4(ダックスフォー)」という毒性の強い遺伝子が勝手に活動を開始し、筋肉の細胞を傷つけてしまうのです。

状態 D4Z4リピート数 結果
健常な方 11回 〜 100回以上 DUX4は封印されている(発症しない)
FSHD患者さん 1回 〜 10回 封印が解け、DUX4が暴走する(発症)

※リピート数が少ないほど、発症年齢が早く、症状が重くなる傾向があります。

8. 遺伝の確率と「家族に誰もいない」ケース

FSHDは「常染色体優性遺伝」ですが、必ずしも親から受け継ぐわけではありません。

親からの遺伝(約70%)

両親のどちらかがFSHDの場合、性別に関係なく50%の確率で子供に遺伝します。
ただし、遺伝子を持っていても症状がほとんど出ない(不完全浸透)こともあり、親が自分が患者だと気づいていないケースもあります。

突然変異・孤発例(約30%)

両親は健康で、遺伝子も正常であるにも関わらず、子供の代で初めて遺伝子の短縮が起こり発症するケースが約3割あります。
「親戚に誰もいないから遺伝病ではないはず」という思い込みが、診断を遅らせる一因となります。

9. 診断の壁:遺伝子検査

FSHDの診断確定には遺伝子検査が必要ですが、実は少しハードルがあります。
通常の遺伝子検査(エクソーム解析など)では、リピート数の測定が難しく、「サザンブロット法」という特殊な解析が必要になるためです。

⚠️ 通常の病院では検査できないことが多い

日本国内でFSHDの遺伝子検査を実施できる施設は限られています(国立精神・神経医療研究センターなど)。
主治医がFSHDを疑った場合、専門機関へ検体を送って検査を依頼することになります。

参考:FSHD Society (Genetics)

10. 合併症(目・耳・そして呼吸)

FSHDは筋肉だけの病気ではありません。特に注意すべき合併症について解説します。

🫁 呼吸機能の低下(意外に多い合併症)

「FSHDでは呼吸器は不要」と思われがちですが、実際には進行すると呼吸筋や胸郭の柔軟性が低下し、換気不全になる方が少なくありません。
特に「睡眠時の息苦しさ」や「朝起きた時の頭痛」がある場合、夜間のみ人工呼吸器(NPPV)を導入することで、生活の質が劇的に改善するケースが多々あります。
※定期的な肺活量のチェック(%VC)は必須です。

👂 難聴(高音域)

高い音が聞こえにくくなる感音性難聴が約半数に見られます。

👁️ 網膜血管異常

網膜の血管が蛇行する異常(Coats病様変化)が出ることがあり、眼底検査が必要です。

11. 疼痛管理とリハビリの工夫

FSHDの患者さんの多くが、慢性的な「痛み(肩こり・腰痛)」に悩まされています。
これは筋力低下そのものの痛みというより、左右差による姿勢の歪みが原因です。

  • 肩甲骨の固定: サポーター等で肩甲骨を安定させると腕が上げやすくなります。
  • 腰痛対策: 腹筋の弱さからくる「反り腰」には、コルセットが有効です。
  • 下垂足への対応: 足先が下がる場合は、無理して歩かず「オルトップ」などの装具を使うことで、膝や腰への負担を減らせます。
12. 治療薬開発の現在地:DUX4への挑戦

現在、FSHDに対する根本治療薬はまだ承認されていませんが、原因物質である「DUX4」をターゲットにした開発が世界中で進められています。

💊 開発の主流:DUX4の発現を抑える

FSHDは、本来働くはずのない毒性タンパク質「DUX4」が出てきてしまうことが諸悪の根源です。
そのため、「DUX4を作らせない」あるいは「DUX4の働きを邪魔する」薬の開発が中心となっています。

  • 核酸医薬(アンチセンス): DUX4の設計図(mRNA)を分解し、毒性タンパク質が作られるのをブロックする治療法。
  • 低分子化合物(p38阻害薬など): DUX4が暴れ出すスイッチが入らないようにする薬。一部は海外で臨床試験(治験)が進められています。
  • 筋肉の再生促進: 壊れた筋肉の代わりに、筋肉を太くするスイッチ(ミオスタチン阻害など)を入れるアプローチ。

参考:FSHD Society (Therapeutic Pipeline)

13. 日本で使える公的支援制度

長期的な療養を支えるため、条件に当てはまる場合は申請を行いましょう。

指定難病医療費助成 告示番号:114(顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー)
重症度分類(臨床調査個人票)に基づき、一定以上の症状がある場合に医療費の助成が受けられます。
身体障害者手帳 上肢(腕が上がらないなど)や下肢(歩行困難)の障害程度に応じて認定されます。
等級により、補装具(車椅子や下肢装具)の作成費用の補助などが受けられます。
介護保険(40歳以上) FSHDは特定疾病に該当するため、40歳から介護保険サービス(訪問リハビリや福祉用具レンタルなど)を利用可能です。

「悪くなるのを待つだけ」ではない、別の選択肢を。

現代医学のガイドラインでは、確立された治療法がないため「経過観察(何もしないで見守る)」が基本となることが多いのが現状です。
しかし、当研究所は「指をくわえて悪化を待つしかない」とは考えていません。

遺伝子治療の確立を待ちながらも、今すぐ私たちの手でできること。
それは、物理的な血流改善と代謝コントロールによって、筋肉が本来持っている「回復・成長しようとする力」を最大限に引き出すという選択肢です。
この「諦めないための理論」を、一冊の本にまとめました。

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