顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(Facioscapulohumeral Muscular Dystrophy:FSHD)は、一般的には「顔・肩・腕」の筋肉が中心に痩せると定義される遺伝性の筋疾患です。
しかし、この病名はあくまで「初期に目立つ症状」を表しているに過ぎません。進行すると骨盤帯(腰・尻)や下肢にも強い筋萎縮が現れ、歩行や呼吸に影響が出ることが、臨床現場では多くの患者さんに見受けられます。
教科書的な定義(初期〜中期)
病名の通り、上半身に症状が集中します。
・Facio(顔):目が閉じにくい、口笛が吹けない
・Scapulo(肩):腕が上がらない(翼状肩甲)
・Humeral(上腕):力こぶが痩せる
臨床現場で見られる実態(進行期)
現場で多くの患者さんを診ていると、病名にはない「下半身の崩れ」が必ずと言っていいほど問題になります。
・腹筋・背筋:体幹が支えられず、腰痛がひどくなる
・骨盤・大腿:お尻と太ももが痩せ、立ち上がりが困難になる
・下腿:足首が上がらなくなり(下垂足)、転倒が増える
「最初は右だけだったのに…」
FSHDの最大の特徴は「左右非対称」ですが、これは「片方だけが悪いまま」という意味ではありません。
多くの場合、片側(利き腕など)から筋萎縮が始まり、時間をかけて最終的には反対側も同じように障害され、両側の機能が低下します。
- 右肩が上がらなくなり、数年後に左肩も上がらなくなる。
- 片足の下垂足(つま先が下がる)から始まり、やがて両足とも装具が必要になる。
医学書には「車椅子になるのは2割程度」と書かれていることが多いですが、長期的な視点では少し異なります。
| 好発年齢 | 10代〜20代が多いですが、幼児期発症の重症例も存在します。 |
| 歩行機能について | 【統計と実感のギャップ】 統計上は車椅子率は約20%とされますが、実際には加齢と共に大腿部・臀部の筋力が低下し、杖や手すり、あるいは車椅子が必要になる方は統計以上に多いのが実情です。 |
FSHDの患者さんは、顔の筋肉(表情筋)が弱くなることで、特有の表情の変化が見られます。
- ① 閉眼困難(兎眼:とがん)
- 目をギュッと閉じることが難しくなります。
眠っている間に薄目が開いてしまい(兎眼)、白目が乾燥して充血したり、洗顔のときに石鹸水が目に入りやすくなったりします。 - ② 横笑い(Transverse smile)
- 口角を引き上げる筋肉が弱くなるため、笑ったときに口角が上がらず、真横に引いたような笑い方になります。
口笛が吹けない、ストローが吸いにくいのも初期症状として典型的です。
肩甲骨を背中に固定する筋肉(前鋸筋など)が弱くなり、腕を上げようとすると肩甲骨が浮き上がる「翼状肩甲」が特徴的です。
生活への影響
腕の力そのものは保たれていても、土台となる肩甲骨がグラグラするため、高いところにある物を取ったり、洗髪や洗濯物を干す動作が困難になります。
「顔・肩・腕型」という病名ですが、進行すると必ずと言っていいほど下半身に症状が現れます。
歩行機能を維持するためには、ここの変化にいち早く気づくことが大切です。
FSHDの原因は、4番染色体の末端にある「D4Z4」と呼ばれる領域の異常にあります。
筋強直性ジストロフィー(DM)が「リピート回数が増える」ことで発症するのに対し、FSHDは逆に「リピート回数が減る(短くなる)」ことで発症するのが大きな特徴です。
メカニズム:パンドラの箱が開く
通常、D4Z4領域は「リピート回数が多い(11回以上)」ことで、硬く折り畳まれて封印されています。
しかし、FSHDの患者さんはこのリピート回数が極端に少ない(1〜10回)ため、封印が解けて緩んでしまいます。
その結果、本来は筋肉で働くはずのない「DUX4(ダックスフォー)」という毒性の強い遺伝子が勝手に活動を開始し、筋肉の細胞を傷つけてしまうのです。
| 状態 | D4Z4リピート数 | 結果 |
|---|---|---|
| 健常な方 | 11回 〜 100回以上 | DUX4は封印されている(発症しない) |
| FSHD患者さん | 1回 〜 10回 | 封印が解け、DUX4が暴走する(発症) |
※リピート数が少ないほど、発症年齢が早く、症状が重くなる傾向があります。
FSHDは「常染色体優性遺伝」ですが、必ずしも親から受け継ぐわけではありません。
親からの遺伝(約70%)
両親のどちらかがFSHDの場合、性別に関係なく50%の確率で子供に遺伝します。
ただし、遺伝子を持っていても症状がほとんど出ない(不完全浸透)こともあり、親が自分が患者だと気づいていないケースもあります。
突然変異・孤発例(約30%)
両親は健康で、遺伝子も正常であるにも関わらず、子供の代で初めて遺伝子の短縮が起こり発症するケースが約3割あります。
「親戚に誰もいないから遺伝病ではないはず」という思い込みが、診断を遅らせる一因となります。
FSHDの診断確定には遺伝子検査が必要ですが、実は少しハードルがあります。
通常の遺伝子検査(エクソーム解析など)では、リピート数の測定が難しく、「サザンブロット法」という特殊な解析が必要になるためです。
⚠️ 通常の病院では検査できないことが多い
日本国内でFSHDの遺伝子検査を実施できる施設は限られています(国立精神・神経医療研究センターなど)。
主治医がFSHDを疑った場合、専門機関へ検体を送って検査を依頼することになります。
FSHDは筋肉だけの病気ではありません。特に注意すべき合併症について解説します。
🫁 呼吸機能の低下(意外に多い合併症)
「FSHDでは呼吸器は不要」と思われがちですが、実際には進行すると呼吸筋や胸郭の柔軟性が低下し、換気不全になる方が少なくありません。
特に「睡眠時の息苦しさ」や「朝起きた時の頭痛」がある場合、夜間のみ人工呼吸器(NPPV)を導入することで、生活の質が劇的に改善するケースが多々あります。
※定期的な肺活量のチェック(%VC)は必須です。
👂 難聴(高音域)
高い音が聞こえにくくなる感音性難聴が約半数に見られます。
👁️ 網膜血管異常
網膜の血管が蛇行する異常(Coats病様変化)が出ることがあり、眼底検査が必要です。
FSHDの患者さんの多くが、慢性的な「痛み(肩こり・腰痛)」に悩まされています。
これは筋力低下そのものの痛みというより、左右差による姿勢の歪みが原因です。
- 肩甲骨の固定: サポーター等で肩甲骨を安定させると腕が上げやすくなります。
- 腰痛対策: 腹筋の弱さからくる「反り腰」には、コルセットが有効です。
- 下垂足への対応: 足先が下がる場合は、無理して歩かず「オルトップ」などの装具を使うことで、膝や腰への負担を減らせます。
現在、FSHDに対する根本治療薬はまだ承認されていませんが、原因物質である「DUX4」をターゲットにした開発が世界中で進められています。
FSHDは、本来働くはずのない毒性タンパク質「DUX4」が出てきてしまうことが諸悪の根源です。
そのため、「DUX4を作らせない」あるいは「DUX4の働きを邪魔する」薬の開発が中心となっています。
- 核酸医薬(アンチセンス): DUX4の設計図(mRNA)を分解し、毒性タンパク質が作られるのをブロックする治療法。
- 低分子化合物(p38阻害薬など): DUX4が暴れ出すスイッチが入らないようにする薬。一部は海外で臨床試験(治験)が進められています。
- 筋肉の再生促進: 壊れた筋肉の代わりに、筋肉を太くするスイッチ(ミオスタチン阻害など)を入れるアプローチ。
長期的な療養を支えるため、条件に当てはまる場合は申請を行いましょう。
| 指定難病医療費助成 | 告示番号:114(顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー) 重症度分類(臨床調査個人票)に基づき、一定以上の症状がある場合に医療費の助成が受けられます。 |
| 身体障害者手帳 | 上肢(腕が上がらないなど)や下肢(歩行困難)の障害程度に応じて認定されます。 等級により、補装具(車椅子や下肢装具)の作成費用の補助などが受けられます。 |
| 介護保険(40歳以上) | FSHDは特定疾病に該当するため、40歳から介護保険サービス(訪問リハビリや福祉用具レンタルなど)を利用可能です。 |
「悪くなるのを待つだけ」ではない、別の選択肢を。
現代医学のガイドラインでは、確立された治療法がないため「経過観察(何もしないで見守る)」が基本となることが多いのが現状です。
しかし、当研究所は「指をくわえて悪化を待つしかない」とは考えていません。
遺伝子治療の確立を待ちながらも、今すぐ私たちの手でできること。
それは、物理的な血流改善と代謝コントロールによって、筋肉が本来持っている「回復・成長しようとする力」を最大限に引き出すという選択肢です。
この「諦めないための理論」を、一冊の本にまとめました。
当研究所の「筋肉へのアプローチ理論」を知る
『筋強直性ジストロフィーと診断されたとき最初に読む本』
※ご注意:筋強直性ジストロフィー向けに書かれた書籍ですが、
「どうすれば筋肉の壊死を減らせるか」という
根本の理論は共通しており、参考にしていただけます。
(現在、FSHD専門の書籍も執筆中です)
