「平らな道でも足先が引っかかる」「歩くと体が左右に揺れる」「以前より腰を反らして歩いている」。顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(FSHD)では、足首だけでなく、股関節や体幹の筋力の変化が歩き方に表れることがあります。
歩くためには、足を前に運ぶ力と、地面についた脚で体を支える力の両方が必要です。歩き方が変わったときは、つまずく場面、膝の安定性、腰や肩の負担を一緒に確認すると、装具やリハビリについて具体的に相談しやすくなります。
歩き方が変わったときに確認すること
つまずきが増えたときには、足首を持ち上げる力の低下が考えられます。ただし、足を前に出す動き、膝を支える力、靴や床の状態も関係します。「足首を鍛えれば解決する」と決めずに、普段の歩行を診てもらいましょう。
FSHDは筋力低下の部位や左右差に個人差があり、顔や肩の症状が目立つ前に、足首の弱さに気づく場合もあります。症状が出る順番は一律ではありません。[1]
股関節・体幹・足首の働き
歩行には、足が地面について体重を支える立脚期と、足が地面を離れて前へ進む遊脚期があります。同じ「脚の弱さ」でも、どちらの時期に困るかによって対応が変わります。
股関節と骨盤
股関節の周囲の筋肉は、脚を前に運ぶだけでなく、体重をかけたときに骨盤を支えます。この支えが不足すると、体を横へ傾けたり、歩幅を変えたりして歩くことがあります。
体幹
お腹や背中の筋肉は、脚が動く間も上半身を支えます。FSHDでは腹筋の弱さと腰の反りが目立つ場合がありますが、骨盤や股関節の位置も含めて確認が必要です。[1]
足首を持ち上げる筋肉
すねの前側の筋肉などが、足先を上げる働きをします。この力が弱いと、足を前へ運ぶ間につま先が下がり、床や段差に引っかかりやすくなります。
ふくらはぎの筋肉
足首を下向きに動かす筋肉は、体重を支える間のすねの動きや、次の一歩へ進む働きに関わります。足先を上げる力とは別に評価します。
足首を下向きに動かす筋力が低下したFSHD患者10人の歩行研究では、足首で生み出すパワーが歩行速度と関連しました。股関節の筋肉が比較的保たれていても、十分に代償できない可能性が示されています。小規模な観察研究であり、ふくらはぎの訓練で歩行が改善することを証明した研究ではありません。[2]
歩き方の変化と診察のポイント
次の表は、困っている動作を医療者へ説明するための目安です。一つの歩き方に複数の原因が重なることがあり、見た目だけで弱い筋肉を特定することはできません。
| 気づきやすい変化 | 確認する働き | 診察で伝えること |
|---|---|---|
| 足先が引っかかる・脚を高く上げる | 足首を上げる力、股関節と膝の曲がり方、靴の重さや固定。 | 左右どちらか。平地でも起こるか。歩き始めと疲れたときで違うか。 |
| 体が横へ傾く・骨盤が揺れる | 体重を支える側の股関節周囲筋、体幹、痛み、左右差。 | どちらの脚に体重をかけたときに傾くか。腰や股関節に痛みがあるか。 |
| 腰の反りが強くなる | 腹筋、股関節周囲筋、関節の動く範囲、立位を保つための姿勢。 | 立っているだけでも反るか。歩いたあとに腰が痛むか。いつから変わったか。 |
| 膝が折れそう・後ろへ反りすぎる | 膝を伸ばす力、足首の動き、足の接地位置、装具や靴との関係。 | 転びそうになった場面。坂道・段差・方向転換での違い。装具変更後の変化。 |
| 蹴り出しが弱い・歩幅が小さくなる | 足首で前へ進む力、股関節の働き、バランス、疲労や痛み。 | 以前と同じ道で時間が延びたか。休憩の回数や翌日の動きやすさ。 |
「右へ傾くから右が弱い」とは限りません。どちらの足が地面についている時期なのか、痛みを避けているのかでも意味が変わります。自宅で片脚立ちや踵歩きを繰り返して確かめる必要はありません。
反り腰や体の傾きを無理に直さない理由
筋力が低下すると、体を傾ける、腰を反らす、膝の位置を変えるといった動きで立位や歩行を保つことがあります。これを代償動作といいます。本人にとっては、残っている力で移動するために必要な動きである場合があります。
そのため「背筋を伸ばして」「左右同じ歩幅で」と形だけを変えると、かえって支えにくくなることがあります。姿勢を調整する際は、痛みが減るか、膝が安定するか、足先が引っかからないかを医療者と確認します。
目標は生活の中の動作で決める
例えば「玄関の段差を安全に越える」「通勤途中の休憩を確保する」「買い物の帰りに腰が痛まないようにする」などです。歩き方の見た目に加えて、安全性と疲れやすさ、外出のしやすさを評価します。
装具・靴・杖の相談
足先の引っかかりには短下肢装具が選択肢になる
短下肢装具(AFO)は、ふくらはぎから足部を支える装具です。足先が下がる状態に対して、歩行を助ける目的で使われます。FSHDでも選択肢になりますが、適した形や硬さは人によって異なります。[1]
足首を支えると膝や股関節の動きも変わるため、足先が上がることだけで適合を判断しません。リハビリテーション科、理学療法士、義肢装具士などに、普段の靴で歩く様子を確認してもらいます。
- 膝が折れそうになったり、後ろへ反りすぎたりしないか。
- 腰や股関節の負担が増えていないか。
- 靴の中でずれないか。皮膚に痛みや赤みが残らないか。
- 自分で着脱できるか。家族の介助が必要か。
- 実際に使う段差や坂道、屋内で扱えるか。
杖や歩行器は肩・腕の力も含めて選ぶ
FSHDでは肩周囲の筋力も低下することがあるため、手で体重を支える道具が必ず楽になるとは限りません。握る力、肩の痛み、ブレーキ操作、方向転換まで試して選びます。
長い距離だけ車椅子や電動の移動手段を利用する方法もあります。「家の中を歩く」「外出先で疲労を抑える」など、場面に応じて使い分けを相談できます。
転倒を減らす生活の工夫
転倒した回数だけでなく、壁に手をついた、段差で踏み直した、といった「転びそうになった場面」も対応の手がかりです。まず、繰り返し困る場所を一つずつ変えていきます。
| 場面 | 工夫の例 |
|---|---|
| 室内の移動 | 通路のコードやめくれるマットを減らす。夜間のトイレまで足元を照らす。 |
| 靴・着替え | 踵がずれにくく足に合う靴を選ぶ。ズボンや靴の着脱は座って行う。 |
| 段差・階段 | 手すりの有無と使いやすさを確認する。荷物で手がふさがる場合は運び方を変える。 |
| 通勤・買い物 | 休める場所を決める。帰りの疲労も考えて距離と荷物の量を調整する。 |
| 方向転換 | 狭い場所や急いで振り向く場面で不安定になるなら、動線と周囲のスペースを見直す。 |
階段の上り下りの順番や介助方法は、左右の筋力、膝の安定性、手すりを使う力によって変わります。本人に合う方法を実際の動作で教わってください。
疲労と運動量の調整
疲れた日に歩きにくいからといって、その一日だけで病気の進行とは判断できません。活動量、睡眠、痛み、体調、靴や装具の変更も振り返ります。一方、休息を取っても以前の状態に戻らない変化は主治医に伝えます。
FSHDの診療ガイドラインでは、本人の状態に合わせた低強度の有酸素運動などが検討されています。筋力トレーニングも、弱くなっている筋肉や関節の状態に合わせて内容を決めます。歩きにくさを補おうとして、自己判断で長距離歩行や階段の反復を増やすことは避けましょう。[3]
運動中だけでなく、その日の生活と翌日の歩行、痛み、つまずきも記録します。強い疲労や動作の悪化が繰り返す場合は負荷を見直します。ただし、翌日に疲れが残ったことだけで筋肉の損傷を断定することはできません。
具体的な運動の組み立て方はFSHDの運動・リハビリ、活動量と疲れやすさについてはFSHDの疲労と過用・活動量低下もご参照ください。
受診を急ぐ症状
突然の変化は119番へ
突然、片側の手足に力が入らない、言葉が出にくい、顔の左右差が急に生じた、急に立てないほどふらつく場合は、脳卒中などの可能性があります。FSHDの診断があっても、普段の症状として様子を見ないでください。いったん治まっても救急対応が必要です。[4]
新たな痛み・しびれや転倒後の変化
転倒後に強い痛みがあり脚に体重をかけられない場合は、無理に歩かず速やかに受診してください。新たなしびれを伴う足の下がり方、数日で明らかに悪化する歩行なども、FSHD以外の原因を含めて確認が必要です。
徐々に増えるつまずき、膝の不安定さ、腰痛、移動範囲の縮小は、次の定期診察を待つべきか主治医へ相談できます。装具を使い始めてから転びそうになる場合も、調整を依頼してください。
診察に持参するメモと動画
「歩きにくい」に加えて、いつ・どこで・何が起きたかが分かると診察に役立ちます。測るために長く歩いたり、症状が出るまで無理をしたりする必要はありません。
そのまま使える記録項目
- 変化に気づいた時期:急に/数週間で/数か月かけて。
- 困る動作:つまずく、膝が折れる、腰が痛む、体が傾く。
- 左右・場面:右/左、平地/段差/坂道/方向転換。
- 普段の移動:行き先、所要時間、途中の休憩、介助の有無。
- 転倒・転びそうになった回数:そのときの場所とけが。
- 靴と補助具:使った物、変更した時期、装着後の困りごと。
- 活動後:その日の痛みや疲労、翌日の動きやすさ。
- 続けたいこと:通勤、買い物、家の中の移動など。
安全に撮影できる場合は、家族などに普段の歩行を短く撮ってもらう方法もあります。前・横・後ろからの映像が参考になりますが、すべてを撮る必要はありません。撮影のために杖や装具を外さず、歩く本人はスマートフォンを操作しないでください。
用語の意味を解説
- 体幹
- 胸、お腹、背中など、胴体の部分。歩く間の姿勢を支えます。
- 下垂足
- 足首を持ち上げる力が弱く、足先が下がりやすい状態。FSHD以外の病気でも起こります。
- 背屈・底屈
- 背屈は足先をすねへ近づける動き、底屈は足先を下へ向ける動きです。
- 股関節外転筋
- 脚を外側へ開く筋肉。歩行中は骨盤を支える働きもします。
- 腰椎前弯
- 腰の背骨が前方へ弯曲していること。生理的な弯曲ですが、強くなると反り腰として目立ちます。
- 代償動作
- 弱くなった働きを、別の筋肉や姿勢で補う動きです。
- 短下肢装具(AFO)
- ふくらはぎから足部を支える装具。足首や足の位置、歩行を補助します。
よくある質問
足が引っかかるのは、必ずFSHDの進行ですか?
それだけでは判断できません。足首の筋力に加え、疲労、痛み、靴、足を運ぶ動きなどを確認します。急な変化や新たなしびれがある場合は、別の原因の評価も必要です。
腰を反らさず歩く練習をした方がよいですか?
反り腰が体を支えるための代償になっている場合があります。形だけを直そうとせず、痛みと安定性を評価したうえで、姿勢や補助具の調整を相談してください。
装具を使えば、歩き方は元に戻りますか?
装具は弱くなった働きを補助する道具です。足先の引っかかりを減らせる場合がありますが、筋力低下そのものを治すものではありません。膝や股関節への影響も確認して調整します。
まだ歩けるうちに車椅子を使ってもよいですか?
長距離だけ利用し、疲労や転倒の危険を減らす方法があります。歩行練習や普段の活動とどう組み合わせるか、生活上の目標に合わせて相談できます。
歩く量を増やせば、足の筋力は戻りますか?
歩行量を増やすだけで筋力が回復するとはいえません。運動は体力や活動の維持に役立つ可能性がありますが、内容と量を個別に決め、痛みや転倒が増えないか確認します。
どこに相談すればよいですか?
まずFSHDを診ている主治医へ、歩き方と生活での変化を伝えてください。必要に応じてリハビリテーション科や理学療法士、義肢装具士と連携し、歩行評価や補助具の相談を進めます。
参考文献
- Preston MK, Wang LH. Facioscapulohumeral Muscular Dystrophy. GeneReviews®. 2025年7月10日更新。症状の多様性と診療・補助具に関する総説。
- Rijken NH, et al. Gait propulsion in patients with facioscapulohumeral muscular dystrophy and ankle plantarflexor weakness. Gait Posture. 2015;41(2):476–481. 足関節のパワーと歩行速度を検討した10例の研究。
- Tawil R, et al. Evidence-based guideline summary: Evaluation, diagnosis, and management of facioscapulohumeral muscular dystrophy. Neurology. 2015;85(4):357–364. 運動を含む診療上の推奨。
- American Stroke Association. Stroke Symptoms and Warning Signs. 急な脱力、言語障害、平衡障害などの救急症状。日本の救急要請は119番です。
本文は一般的な医療情報です。歩行の原因評価、運動負荷、装具の処方・調整は、診察に基づいて個別に決定します。参考情報の確認日:2026年9月10日。

