少し歩いただけで強く疲れる、筋肉が痛む、まぶたが下がる。ミトコンドリアミオパチーでは、筋力だけを測っても説明しきれない困りごとが生じます。難聴や糖尿病、心臓の症状などが、同じ病気に関係している場合もあります。
ミトコンドリア病は、細胞がエネルギーを作る仕組みに障害が生じる病気の総称です。筋肉の症状が中心となる場合を、ミトコンドリアミオパチーと呼びます。診療では筋肉の状態に加え、脳・心臓・呼吸・内分泌なども確認します。
このページでは、症状の個人差が大きい理由、検査の読み方、治療と日常生活、MELASの発作時の対応を説明します。
MELASの脳卒中様発作と通常の脳卒中は、自宅では区別できません。急な視野の異常、けいれん、激しい頭痛なども含め、119番へ連絡し、ミトコンドリア病の診断があることを伝えてください。
ミトコンドリア病と筋症状
ミトコンドリアは、栄養素から得たエネルギーを、細胞が使えるATPという物質に変える働きを担います。その重要な過程が「酸化的リン酸化」です。この仕組みに関わる遺伝子などの異常により、必要なエネルギーを十分に供給できなくなるのが、一次性ミトコンドリア病の基本的な病態です。[1]
筋肉では、筋力低下のほか、運動を続けにくい、回復に時間がかかる、筋肉が痛むといった症状が現れます。「運動不耐」とは、体を動かしたときに不釣り合いな疲労などが生じ、活動を続けにくい状態です。意欲の問題として扱わず、心臓や呼吸の影響も含めて評価します。
一方、疲れやすいという症状だけでミトコンドリア病とは判断できません。また、加齢や他の疾患でみられる二次的なミトコンドリア機能の変化と、遺伝的な一次性ミトコンドリア病は区別して考えます。筋疾患全体についてはミオパチーの症状・分類・検査をご覧ください。
遺伝とヘテロプラスミー
ミトコンドリアの働きに関係する遺伝情報は、ミトコンドリア自身のDNA(mtDNA)と、細胞の核にあるDNAの両方にあります。そのため、ミトコンドリア病がすべて母親から遺伝するわけではありません。核DNAに原因がある場合は、原因遺伝子に応じて遺伝形式が変わります。[1]
mtDNAには、一つの細胞に多数のコピーがあります。病的な変化を持つものと持たないものが混在する状態を「ヘテロプラスミー」といいます。その割合は組織によって異なり、同じ家族でも症状や発症年齢が違う理由の一つになります。
血液で測った変異割合が、そのまま筋肉や脳の割合を表すわけではありません。原因となる変異、調べた組織、年齢、実際の症状を合わせて解釈します。血液では検出しにくく、尿由来の細胞や筋肉などを調べる場合もあります。[2]
遺伝子名や変異表記を見ただけで、将来の症状やお子さんへの影響を予測することはできません。家族歴がなくても否定はできないため、報告書をもとに遺伝カウンセリングで説明を受けましょう。詳しくは筋疾患の遺伝と家族への説明をご覧ください。
主な病型
病型名は症状の組み合わせを表します。ただし、複数の病型の特徴が重なる人や、典型的な分類に当てはまらない人もいます。以下は代表的な特徴で、記載した症状が全員に出るという意味ではありません。[1]
MELAS
ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作を特徴とする病型です。頭痛、けいれん、難聴、糖尿病などを伴うことがあります。m.3243A>Gなどが関係しますが、この変異がある人全員がMELASの症状を示すわけではありません。[4]
MERRF
体の一部が瞬間的に動くミオクローヌス、てんかん、ふらつき、筋症状などを伴う病型です。
CPEO
慢性進行性外眼筋麻痺の略です。眼球を動かす筋肉の働きが低下し、まぶたが下がる眼瞼下垂などがみられます。目の症状以外の有無も確認します。
Kearns–Sayre症候群(KSS)
外眼筋麻痺や網膜の変化などに加え、心臓の電気信号が伝わりにくくなる伝導障害に注意が必要な病型です。
Leigh症候群
乳幼児期からの発達や運動の問題、脳幹や大脳基底核などの病変を伴うことが多い病型です。原因遺伝子は多様です。
NARP
末梢神経障害、運動失調、網膜色素変性などを特徴とする病型です。
TK2関連疾患
核DNAにあるTK2の異常により、mtDNAを維持する働きが障害されます。筋力低下や呼吸筋の障害が中心となる場合があり、原因に対応する治療の研究・承認も進んでいます。[8]
筋肉以外の症状
筋症状が中心でも、無症状の臓器を含めた定期評価が必要になることがあります。検査の種類や間隔は、病型、年齢、過去の結果に合わせて決めます。[3]
| 臓器・機能 | 伝えたい変化 | 評価の例 |
|---|---|---|
| 筋肉 | 筋力低下、筋痛、短い活動でも強い疲れ、回復の遅さ。 | 診察、活動記録、必要に応じたCK・筋電図・画像。 |
| 脳・神経 | けいれん、頭痛、ふらつき、発達や認知の変化、急な神経症状。 | 神経診察、脳波、MRI。発作時の対応計画。 |
| 心臓 | 動悸、胸の不快感、失神、息切れ。 | 心電図、心エコー、必要に応じてホルター心電図。 |
| 内分泌・代謝 | 糖尿病、低血糖、成長や体重の変化。 | 血糖・HbA1c、成長・栄養評価。病型に応じ甲状腺や副腎など。 |
| 耳・目 | 聞き取りにくさ、視力の変化、まぶたの下がり、物が二重に見える。 | 聴力検査、眼科診察、必要な補聴・視覚支援。 |
| 腎臓・肝臓 | 尿の変化、過去に指摘された機能異常。 | 尿検査、腎機能・肝機能、薬の調整。 |
| 消化管・栄養 | 嘔吐、便秘、むせ、食事量や体重の減少。 | 栄養・嚥下・胃腸機能の評価。 |
| 呼吸・睡眠 | 朝の頭痛、眠気、夜の息苦しさ、弱い咳、痰の出しにくさ。 | 呼吸機能、睡眠中の酸素と二酸化炭素、咳の力。 |
日中のSpO₂が良好でも、睡眠中の換気不足をそれだけで除外することはできません。呼吸補助や排痰については筋疾患の呼吸管理に詳しくまとめています。
診断と検査
診断には症状、家族歴、血液・尿、遺伝子、画像などを組み合わせます。すべての人に同じ検査が必要なわけではなく、遺伝子検査が先に行われる場合も、筋生検が診断の助けになる場合もあります。[2]
- 乳酸・ピルビン酸・CKなど:代謝や筋肉の状態を調べます。乳酸は採血条件などで変動し、高値だけで診断はできません。正常でも否定できない場合があります。
- 遺伝子検査:mtDNAと核DNAのどちらを、どの範囲・方法で調べたか、検査材料は何かを確認します。
- 筋生検:筋組織の染色、呼吸鎖酵素の働き、mtDNAなどを評価します。「赤色ぼろ線維」や「COX陰性線維」は診断を支える所見ですが、それだけで全病型を判定するものではありません。
- MRI・MRS:脳などの病変や代謝の情報を調べます。MELASでは通常の血管支配領域と一致しない病変がみられることがあります。
遺伝子名、変異表記、病的か意義不明かという判定、ヘテロプラスミー割合、検査材料、検査日を含む報告書を保存してください。筋生検、画像、心臓・呼吸の検査結果も、転院や家族への説明、治験の対象確認に役立ちます。
「意義不明の変異(VUS)」は、病気の原因かどうかの判断がついていない変化です。結果が陰性の場合も、今回の検査で何が分かり、何がまだ調べられていないかを確認します。
治療とミトコンドリア・カクテル
治療は、原因に対応する治療、臓器の合併症の治療、栄養・運動・呼吸などの生活を支えるケアを組み合わせます。原因に対する治療が限られていても、不整脈、糖尿病、難聴、呼吸や栄養の問題を見つけて対応する意味は大きくあります。
「ミトコンドリア・カクテル」は、CoQ10やビタミンなどを組み合わせた補助療法の通称です。決まった成分・用量の一つの治療法ではなく、全員に同じ組み合わせが適するわけでもありません。[2]
| 成分 | 位置づけと確認点 |
|---|---|
| CoQ10 | エネルギー産生の電子伝達に関わります。一次性CoQ10欠乏症では原因に対応する治療となり得ますが、他の病型で同じ効果を見込めるわけではありません。 |
| リボフラビンなど | 代謝に必要な補酵素に関係します。反応が期待できる病型か、何を指標に継続を判断するかを確認します。 |
| L-カルニチン | 欠乏が確認された場合などに検討します。漫然と全員へ追加するのではなく、血中濃度や腎機能などを踏まえて判断します。 |
| クレアチン | 筋肉のエネルギー代謝を補助する目的で検討されることがあります。期待できる効果と限界、腎機能、他の製品との重複を確認します。 |
使う場合は、「疲労」「活動できる時間」「発作」など、何の改善を目指すのかを具体的にします。製品名と成分量を記録し、一度に複数を追加せず、医師・薬剤師と効果や副作用を確認しましょう。
米国では2025年、TK2欠損症に対するKygevvi(doxecitine/doxribtimine)が承認されました。対象は症状の発症が12歳以下だった成人・小児であり、現在の年齢が12歳以下という意味ではありません。ミトコンドリア病全体を対象にした薬ではなく、日本での承認・利用条件は別途確認が必要です。[8]
治療情報を探す際は、病名だけでなく原因遺伝子、病型、対象年齢を確認してください。筋疾患の治験・治療情報の調べ方も参考になります。
MELASの発作・アルギニン・タウリン
MELASの脳卒中様発作では、頭痛、けいれん、意識や視覚の変化、片側の脱力、言語の障害などが現れます。通常の脳梗塞とは異なる病態ですが、発症時には脳梗塞、てんかん、感染、代謝の悪化なども含めて救急で評価する必要があります。[4]
アルギニン
L-アルギニンは一酸化窒素(NO)の材料となるアミノ酸で、MELASにおける血流調節の異常などを考慮し、急性期の静注や再発予防に用いる推奨・診療があります。[4]
一方、2022年の系統的レビューでは、確認された研究にランダム化比較試験はなく、急性期・予防のいずれも有効性を確立するには根拠が不十分と評価されました。使用されている事実と、効果が十分に証明されていることは区別が必要です。使うかどうかは専門医が病状と既存の対応計画に基づいて判断し、発作の評価や治療も並行して行います。[5]
タウリン
日本では、タウリン散98%「大正」に、MELAS症候群における脳卒中様発作を抑える効能があります。体重別の用量が定められ、腎機能などへの注意も必要です。急に起きた発作の救急対応を、内服で代用する薬ではありません。[6]
国内の10人を対象とした52週間の非盲検試験では、評価期間中に脳卒中様発作がなかった人が6人でした。少人数で対照群のない試験であることも踏まえて解釈します。ミトコンドリアtRNAのタウリン修飾という、タンパク質合成に関わる仕組みを背景に研究された治療で、単なる疲労対策としての利用とは目的が異なります。[7]
対象となる遺伝子変異や症状は医師が確認します。市販の飲料やサプリメントを処方薬の代わりにせず、服用中の薬とともに管理してください。
体調不良・薬・麻酔
発熱、感染、嘔吐、絶食、脱水、手術などでは、必要なエネルギーが増える一方で摂取が減り、体調を崩すことがあります。「食べられないときにどうするか」を、元気なうちに主治医と決めておくことが役立ちます。[3]
- 食事や水分が取れない場合の連絡先と、受診する目安。
- 普段の栄養・水分の取り方と、嘔吐や発熱時に変更する内容。
- 必要な点滴、血糖管理、避ける薬などを記した医療者向けの情報。
- 手術・検査前の絶食時間と、その間の代謝管理。
糖尿病、ケトン食療法、特定の代謝異常がある場合などは、糖や点滴の扱いも個別に決めます。全員が同じ糖分・水分補給をすればよいというものではありません。麻酔前に、自分で絶食の指示を変更しないでください。
| 薬・場面 | 確認すること |
|---|---|
| バルプロ酸 | 特にPOLG関連疾患では重篤な肝障害の危険があり、避けるべき薬です。服用中の場合も急に自己中止せず、原因遺伝子を処方医へ伝えて確認します。 |
| プロポフォール・麻酔 | プロポフォールの長時間持続投与などではリスクへの配慮が必要です。麻酔科へ病型、心臓・呼吸の状態、過去の麻酔歴を事前に共有します。 |
| 新しい薬・サプリメント | 肝腎機能、糖尿病、心臓、併用薬との関係を確認します。病名だけで、すべての薬を一律に禁止するわけではありません。 |
入院時の準備には、救急・入院・手術時の共有ガイドをご利用ください。
運動と生活
運動で疲れやすいからといって、すべての活動を避ける必要があるとは限りません。状態に合わせた有酸素運動や筋力訓練が、体力や生活機能の維持に役立つ場合があります。始める前に心臓・呼吸、発作歴、筋症状を確認し、医師・理学療法士と負荷を調整します。[2]
「何回できたか」に加えて、その後に何ができたか、翌日に疲れが残ったかも記録してください。通学や仕事のあとに生活が成り立たないほど疲れる場合は、移動手段、休憩、活動の分担を見直す相談ができます。
- 活動:歩行、階段、家事、運動の内容と時間。
- 症状:疲労、筋痛、頭痛、息切れ、動悸。
- 回復:休憩で戻るか、数時間かかるか、翌日にも残るか。
- 体調:食事、水分、睡眠、発熱や感染の有無。
発熱や強い筋痛がある日は、予定どおりに運動を続けず調整します。強い筋痛と急な脱力、赤褐色の尿があれば横紋筋融解などの評価が必要なため、速やかに受診してください。評価の記録は筋疾患の測定と記録、運動や空腹で悪化する他の筋疾患は代謝性ミオパチーで説明しています。
受診と救急の準備
定期受診では、困りごとと検査結果をまとめます。救急用には、医療者が短時間で必要な情報を確認できる一枚を別に用意しておくと役立ちます。
- 一番困っている症状と、いつから変わったか:
- 活動、食事、発熱、睡眠、薬の変更との関係:
- 頭痛・けいれん・難聴・視覚・心臓・呼吸・胃腸などの変化:
- 使っている薬・サプリメントと、その目的:
- 家族にみられる筋症状、難聴、糖尿病、心疾患など:
- 次に必要な検査と、体調が悪いときの連絡先:
- 診断名、原因遺伝子・変異、主治医と医療機関の連絡先。
- MELASの有無、過去の脳卒中様発作・けいれん、その際の治療。
- 普段の薬、タウリン・アルギニンの使用歴、個別に避けるよう指示された薬。
- 心臓、呼吸、腎臓、肝臓、糖尿病の状態と使用機器。
- 症状が始まった時刻、最後に飲食できた時刻、発熱や嘔吐の経過。
- 主治医が作成した体調不良時・急性期の対応計画。
筋疾患の受診メモテンプレートも使えます。学校・仕事、福祉用具、医療費などの相談先は支援制度の案内をご覧ください。
食事や水分が取れない、嘔吐を繰り返す、痰を出せない、朝の頭痛や眠気が増える場合は主治医へ連絡してください。意識障害、けいれんが続く、急な神経症状、失神や強い胸痛・呼吸困難は、通常の予約を待たず救急への連絡が必要です。
用語の意味を解説
- ATP
- 筋肉の収縮など、細胞の活動に使われるエネルギーを受け渡す物質です。
- ミオパチー
- 筋肉自体の病気の総称です。ミトコンドリア病で筋症状が中心の場合も、この分類に含まれます。
- mtDNA・核DNA
- それぞれミトコンドリア内、細胞核内にある遺伝情報です。ミトコンドリアの働きには両方が関係します。
- ヘテロプラスミー
- 異なる配列のmtDNAが混在する状態です。病的変異の割合は組織によって違う場合があります。
- 眼瞼下垂・外眼筋麻痺
- 眼瞼下垂はまぶたが下がること、外眼筋麻痺は眼球を動かす筋肉の働きが低下した状態です。
- 赤色ぼろ線維・COX陰性線維
- 筋組織を染色して調べる所見です。前者はミトコンドリアの異常な集積を反映し、後者は呼吸鎖の酵素の一つであるCOXの染色活性が低下した筋線維を指します。
- 脳卒中様発作
- 脳卒中に似た神経症状を起こす発作です。MELASでは通常の脳梗塞とは異なる病態ですが、発症時の救急評価が必要です。
関連する記事
参考文献・資料
- Chinnery PF. Primary Mitochondrial Disorders Overview. GeneReviews. Updated July 29, 2021. 病態・病型・遺伝の基本情報。
- Parikh S, et al. Diagnosis and management of mitochondrial disease: a consensus statement from the Mitochondrial Medicine Society. Genet Med. 2015. doi:10.1038/gim.2014.177.
- Parikh S, et al. Patient care standards for primary mitochondrial disease: a consensus statement from the Mitochondrial Medicine Society. Genet Med. 2017. doi:10.1038/gim.2017.107.
- El-Hattab AW, et al. MELAS. GeneReviews. Updated November 29, 2018. アルギニンの推奨は、その後の根拠評価も合わせて参照。
- Stefanetti RJ, et al. L-Arginine in Mitochondrial Encephalopathy, Lactic Acidosis, and Stroke-like Episodes: A Systematic Review. Neurology. 2022. doi:10.1212/WNL.0000000000200299.
- PMDA.タウリン散98%「大正」医薬品情報・電子添文.適応、患者選択、用法・注意事項。
- Ohsawa Y, et al. Taurine supplementation for prevention of stroke-like episodes in MELAS: a multicentre, open-label, 52-week phase III trial. J Neurol Neurosurg Psychiatry. doi:10.1136/jnnp-2018-317964. 2018年オンライン公表。
- FDA. FDA approves 1st drug for thymidine kinase 2 deficiency, a very rare mitochondrial disease. 米国での承認と対象条件。
このページは、診察や日々の管理を相談するための参考資料です。薬、栄養、運動、体調不良時の対応は、原因遺伝子と臓器の状態に応じて主治医と決めてください。
